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東京地方裁判所 平成4年(ワ)5395号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金三〇〇万円及び内金一〇〇万円に対する平成四年四月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、刑事被告人として東京拘置所の独居房に勾留されていた原告が、居房の窓の外側に設置されている遮へい板により、日照、採光、通風及び眺望を阻害され、肉体的・精神的苦痛を被ったとして、国家賠償法一条一項ないし同法二条一項に基づき、被告に対して慰謝料の請求をしている事案である。

一  争いのない事実

1  原告の刑事責任

原告は、昭和五九年一一月二三日強盗殺人罪等の被疑者として逮捕され、同年一二月一四日強盗殺人及び死体遺棄罪により、昭和六〇年一月一〇日強盗殺人、死体遺棄、有印私文書偽造、同行使及び詐欺罪により、それぞれ起訴され、同年二月一八日警視庁本部留置場から東京拘置所に移監された。原告は、右各被告事件について、昭和六二年一〇月三〇日当庁において死刑判決の言渡を受け、東京高等裁判所に控訴したが、平成元年三月三一日控訴棄却の判決を言い渡され、同年四月三日上告した後、平成五年七月五日上告を取り下げ、死刑判決が確定した。

2  原告の収容状況

東京拘置所の舎房には、大別して敷地の西側部分に位置する旧舎(北舎及び南舎)と東側部分に位置する新舎とがあるところ、原告は、刑事被告人として、昭和六〇年二月一八日から平成元年五月八日までの間、新舎のうち新四舎一階の独居房に収容されていたが、同年五月九日、旧舎のうち北三舎一階の独居房に転房になり、以来、北三舎一階の三九ないし四一の各房(以下「本件居房」という。)の間で概ね半年ごとに転房を繰り返し、平成五年七月一三日、死刑確定者として再び新四舎一階の独居房に転房となった。

3  東京拘置所の舎房の構造

新舎は、並列に配置され、その内部はいずれも南側に居房を設けたいわゆる片面舎房の構造となっており、居房の窓の外側には遮へい板は取り付けられていない。これに対し、旧舎のうち北舎は、一舎、二舎及び三舎がK字型の放射状に配置された舎房棟であり、北三舎の内部は、いずれの棟も中央の廊下を挟んで両側に居房を設けたいわゆる対面舎房の構造となっており、本件居房の窓の外側には遮へい板(以下「本件遮へい板」という。)が取り付けられている。原告は、平成三年四月一九日、東京拘置所長(以下「拘置所長」という。)に対し、本件遮へい板の撤去を求める旨の不服申立てを行ったところ、同年八月二日ころ、右遮へい板の上部が一部切断された。

二  原告の主張

1  刑事施設に関する国際基準

(一) 市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「人権規約」という。)は、日本も締結国となった条約(昭和五四年八月四日条約第七号)であるから、法律より上位の法規範として国内的効力を有し、また、国際連合の被拘禁者処遇最低基準規則(一九五五年第一回国連会議決議、以下「処遇最低基準規則」という。)は、国際慣習法として法的拘束力を有し、未批准の条約、規則なども人権規約の解釈指針となっている。

(二) およそ、未決拘禁者は、有罪とされるまでは無罪と推定される権利を有し、かつ、それにふさわしく処遇されなければならないというのが確立した国際基準である(人権規約一四条二項、処遇最低基準規則八四条二項、国際連合のあらゆる形態の抑留・拘禁下にある人々を保護するための原則の三六、ヨーロッパ刑事施設規則九一条、国際連合の被拘禁者の処遇に関する基本原則五項)。無罪の推定を受ける者にふさわしい処遇とは、移動の自由等拘禁に内在する制約を除いては、一般市民と全く同様の権利ないし自由を保障されることを意味する。この原則に対する例外的な権利制限の根拠は、逃亡の防止とそのための施設の安全の保持のための厳格な必要性にあり、この場合でも一般的・抽象的な逃亡のおそれだけでは足りず、当該ケースに即して厳密に逃亡のおそれがあると判断される場合でなければならない。

(三) 自由を奪われた被拘禁者の処遇は、人間としての尊厳を尊重したものであることを要し(人権規約一〇条一項、ヨーロッパ刑事施設規則一条)、居室の具体的条件としては、被拘禁者の使用に供する設備、特に就寝設備は、すべて健康保持に必要な条件全部を満たし、気候条件及び特に空気量、最低床面積、照明、暖房、換気について適切な考慮が払われるべきである(処遇最低基準規則一〇条)。被拘禁者が起居し又は作業する場所すべてにおいて、窓は、被拘禁者が通常の状態において自然光線で物を読み、又は作業することができるだけの大きさが確保され、かつ、人工換気装置の有無にかかわらず、新鮮な空気を取り入れられるように造られ(同規則一一条(A))、保安の必要条件を考慮し、かつ、その面積、位置及び構造からみて、できるかぎり普通の外観を備えるものでなければならない(ヨーロッパ刑事施設規則一六条)。

2  本件遮へい板の必要性と相当性

未決拘禁の目的は、被勾留者の罪証隠滅及び逃亡の防止を図ることにあるが、拘禁が移動等の自由の剥奪以外に人権を制限する場合には、前記のとおり、罪証隠滅及び逃亡の防止という拘禁目的を達成するための必要最小限の範囲でなければならず、また、目的を達成するための手段が複数ある場合には、より人権の制限の度合いの低い手段を選ばなければならない。被告が主張する不正連絡の防止についてみると、居房の窓を介した声掛け又はジェスチュアにより不正連絡を行うことは、看守に容易に気付かれてしまうから不可能であるのみならず、本件居房が中庭に面し、中庭を隔てて集団運動場が位置し、北一舎の雑居房が死角になっているという構造上からも、運動時間中の監視体制上からも不正連絡の実行は不可能であり、第一審から一貫して起訴事実を認めている原告については罪証隠滅及び逃亡のおそれはなく、不正連絡を行うおそれもない。このように本件遮へい板の設置根拠を不正連絡の防止という点に求めることは困難であり、仮に、その必要性があるとしても、他に選び得る手段として、北二舎及び北三舎の一列の居房を使用しないこと、それが不可能であれば、国際水準に合致した新しい舎房設備を増設すること、さらには、本件居房の窓に付着して遮へい板を設置するのではなく、集団運動場の近くの庭に遮へい板を設置することという次善の方法が考えられるから、本件遮へい板の設置は、勾留目的のために必要かつ合理的な手段ということはできない。

3  本件遮へい板による原告の被害

本件遮へい板によって、本件居房の日照、採光、通風が著しく妨げられ、夏は蒸し風呂、冬は冷蔵庫の感を呈し、眺望も阻害され、外の風景は空と地面しか見ることができず、このような施設に四年二か月余にわたり拘禁された原告は、著しい肉体的・精神的苦痛を被った。これに対する慰謝料としては、原告が本件居房に転房となった平成元年五月九日から本訴提起時の平成四年四月六日までの分につき一〇〇万円、その後新四舎に転房となった平成五年七月一三日までの分につき二〇〇万円を下らない。

4  被告の責任

(一) 被告の公権力の行使に当たる拘置所長が、その職務を行うについて、故意又は過失により、本件居房に被拘禁者の人権を侵害するような本件遮へい板を設置し、その後も使用を続け、原告を右遮へい板の設置された本件居房に転房させ拘禁を継続した行為は、いずれも原告の人格権を違法に侵害するものであるから、被告は、原告に対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任を負う。

(二) 東京拘置所の居房は、拘禁を目的とした公の営造物であるところ、本件居房の窓には本件遮へい板が設置されているため、被拘禁者に前記のような日照、採光、通風及び眺望の阻害を余儀なくさせ、窓の本来の機能・効用を果たしておらず、原告の肉体的・精神的健康を害するものであるから、本件居房には営造物の設置及び管理の瑕疵があり、このような本件居房に原告を転房させ拘禁を継続したこと自体が公の営造物の設置及び管理の瑕疵に当たる。したがって、被告は、原告に対し、右(一)に基づく損害賠償請求と単純併合の関係において、国家賠償法二条一項に基づく損害賠償責任も免れない。

5  よって、原告は、被告に対し、前記損害合計三〇〇万円及び本訴提起時までの内金一〇〇万円に対する不法行為の日の後である平成四年四月一七日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の主張

1  東京拘置所の構造

東京拘置所は、主に刑事被告人を勾留する刑事施設として、独居房と雑居房を備えているが、刑事被告人は独居拘禁に付することが原則とされている(監獄法一五条、監獄法施行規則二四条)ため、全体の居房に占める独居房の割合は九割となっている。また、東京拘置所の収容定員は二四五二名であるが、舎房の一部が老朽化し使用に適さないなどの理由から最大収容可能人員は約二〇〇〇名であり、そのうち独居房の収容人員は約一二〇〇名、旧舎の独居房の収容可能人員は約三〇〇名である。東京拘置所は、常時一六〇〇ないし一七〇〇名を収容しているが、そのうち独居拘禁の対象者は全体の六割に相当する九〇〇ないし一〇〇〇名であり、相関連する被告事件(刑事訴訟法九条)の刑事被告人(以下「関連被告人」という。)を同時に多数収容しているところ、関連被告人については、分散拘禁を行い、かつ、相互の交通を遮断する措置を講ずる必要があるため(監獄法一七条)、居房の数からして旧舎の独居房も使用せざるを得ない状況にある。

2  本件遮へい板の設置及び使用継続の適法性

(一) 拘置所は、被告の事務に関する国有財産としての行政財産である(国有財産法三条二項一号)ところ、犯罪人に対する勾留の執行その他矯正に関する事項は、法務省の所掌事務とされ(法務省設置法三条一六号)、行政財産である営造物としての拘置所の管理機関は法務大臣であり(国有財産法五条)、拘置所の長がその事務を分掌している(同法九条一項、法務省所管国有財産事務取扱規定三条)から、東京拘置所の居房に本件遮へい板を設置することは、拘置所長の営造物管理権の一環としての行為である。

(二) 旧舎が刑務所として使用されていた当時は本件遮へい板は設置されていなかったが、東京拘置所が原告肩書住所地の現在地において未決拘禁者の収容業務を開始した昭和四六年三月、旧舎の居房の窓に本件遮へい板が取り付けられ、現在に至っている。これは、未決拘禁者の罪証隠滅及び逃亡の防止という勾留目的を達成する上で、旧舎が放射状の対面舎房棟であり、隣接する舎房棟間で居房の窓を通じて声掛け又はジェスチュアによって不正連絡が可能になることからこれを防止する必要があるため、勾留目的及び規律秩序の維持上不可欠の物的戒護設備として、国有財産管理行為の一環として設置されたものである。そして、採光及び通気を確保するため、本件遮へい板の素材は白色半透明の樹脂製波板を使用し、取付け場所も舎房棟の外壁から水平距離で窓上部から約七〇センチメートル、窓下部から約五五センチメートル離し、傾斜を付けて設置している。

(三) 本件居房の窓外を見通した場合に、右方向の位置には相対面する形で北一舎の北側居房があり、また、左方向の位置には相対面する形で北舎専用の運動場(以下「本件運動場」という。)があるので、本件遮へい板がなければ、双方の居房内の被拘禁者間において、又は居房内の被拘禁者と本件運動場で運動する被拘禁者との間において、不正連絡が可能となる。拘置所長は、北三舎に常時三〇ないし四〇名の刑事被告人を収容し、そこに一、二名の刑務官を配置しているが、巡回方式により刑事被告人の動静視察を行っているのであるから、刑務官が声掛けによる不正連絡の内容及び行為者を了知することは困難であり、ジェスチュアによる不正連絡はそれがあったことすら知ることができず、いったん不正連絡が行われると、原状回復は不可能であるから、物理的に不正連絡が可能な事態を放置すれば、規律秩序の維持は困難であり、罪証隠滅及び逃亡に成功する可能性が極めて高くなる。また、本件運動場においては、運動に参加する雑居房に収容中の約二〇名の刑事被告人を一、二名の刑務官で監視しているにすぎないから、本件遮へい板がなければ、本件居房に収容中の刑事被告人がジェスチュアで刑務官の背後から不正連絡を行うことは容易である。このように、本件遮へい板は、不正連絡という拘禁目的に反する行為の発生に対する具体的な危険性を防止するため、必要かつ合理的な範囲内で設置されたものであり、その設置及び使用継続に何ら違法性はなく、また、公の営造物が通常有すべき安全性を被拘禁者の健康保全をも含めた意味において理解するとしても、右安全性に欠ける状態であるということはできない。

3  本件居房への転房及び拘禁継続の適法性

監獄法令は、拘禁の形式ないし方法に関し、監房の種類を独居房及び雑居房の二種類に分けた上、独居拘禁が原則であること(監獄法一五条)、雑居拘禁については罪質、性格等を斟酌して分けて拘禁すること(同法一六条)、関連被告人は分散拘禁すべきこと(同法一七条)、刑事被告人は独居拘禁が原則であること(監獄法施行規則二四条)等を定めているにすぎない。これは、拘禁目的達成に最も適切な拘禁方法ないし拘禁形態を決定するについては、現に被収容者を処遇している監獄の長の合理的な裁量に委ねることが相当であるとされたためである。すなわち、在監者の拘禁方法の決定は、施設の長が被拘禁者の所内における行状、性格、施設の保安の状況等を総合的に勘案し、独居房の数、施設の設置目的からの要請を斟酌して、法令の範囲内でこれを定めるべきものであって、その決定は専ら施設の長の裁量に属するものと解される。したがって、拘置所長が、原告を転房させ拘禁を継続したことは、前記のとおり、本件遮へい板の設置自体何ら原告の権利を侵害するものではない以上、裁量権の範囲内の適法な処分である。仮に、本件遮へい板が設置されている本件居房に原告を転房させ拘禁を継続したことにより原告が何らかの肉体的・精神的苦痛を被ったとしても、未決拘禁者の勾留目的等に照らし、その身体的自由及びその他の行為の自由に必要かつ合理的な一定の制限が加えられることはやむを得ないことであるから、原告としても受忍すべき範囲内のものである。

4  被告の責任

国家賠償法一条一項にいう公権力の行使には、同法二条一項に規定する公の営造物の設置・管理作用は含まれないところ、本件遮へい板の設置及びその使用継続は、拘置所長の旧舎全体の構造に関する営造物の設置・管理に関する事項であって、原告個人に対する公権力の行使に当たる行為ではないから、同法一条一項の適用の余地はなく、また、同法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵にも該当しないことは前記のとおりである。さらに、原告が主張する本件居房に原告を転房させ拘禁を継続した行為は、拘置所長の原告に対する公権力の行使に当たる行為として同法一条一項の適用が問題となるが、右行為が適法であることは前記のとおりである。国又は公共団体が行う行政作用が同法一条一項及び同法二条一項の各要件事実に同時に該当することはあり得ない。

四  争点

1  拘置所長が本件遮へい板を設置した行為について、被告は国家賠償法一条一項ないし同法二条一項による責任を負うか。

2  拘置所長が本件遮へい板の使用を継続した行為について、被告は同法一条一項ないし同法二条一項による責任を負うか。

3  拘置所長が原告を本件居房に転房させ拘禁を継続した行為について、被告は同法一条一項ないし同法二条一項による責任を負うか。

第三  争点に対する判断

一  基礎となる事実関係

前記争いのない事実及び証拠(甲二、三の1ないし3、四の1ないし6、五、一〇の1、2、二〇、二四、乙一、二の1ないし4、検証の結果、証人水上要、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  東京拘置所の収容状況

東京拘置所は、主に刑事被告人を勾留する刑事施設として、独居房と雑居房を備えているが、刑事被告人は独居拘禁に付することが原則とされている(監獄法一五条、監獄法施行規則二四条)ため、独居房は全体の居房の約九割を占めている。また、東京拘置所の収容定員は二四五二名であるが、舎房の一部が老朽化し使用に適さないなどの理由から最大収容可能人員は約二〇〇〇名であり、そのうち独居房の収容人員は約一二〇〇名、旧舎の独居房の収容可能人員は約三〇〇名である。東京拘置所は、常時一六〇〇ないし一七〇〇名程度を収容しており、未決拘禁者は約一三〇〇名で、その余は受刑者である。また、独居拘禁の対象者は全体の六割に相当する九〇〇ないし一〇〇〇名であり、関連被告人を同時に多数収容しているが、関連被告人については、分散拘禁を行い、かつ、相互の交通を遮断する措置を講ずる必要があるため(監獄法一七条)、居房の数からして旧舎の独居房も使用せざるを得ない状況にある。

2  新舎の状況

東京拘置所の舎房は、大別して敷地の西側部分に位置する旧舎(北舎及び南舎)と東側部分に位置する新舎がある。新舎は、昭和四六年三月に完成し供用を開始しているが、約二〇メートルの間隔で並列に配置されており、その内部はいずれも南側に居房を設けたいわゆる片面舎房の構造となっている。居房の広さは三畳程度で、窓には鉄格子は設置されているが、遮へい板は取り付けられておらず、窓から隣接する舎房棟及びその間の空き地に生育している草木を見ることがきる。

3  北三舎の状況

旧舎は、昭和四年一〇月に完成し刑務所として使用されていたが、昭和四六年三月に拘置所として供用を開始し、北舎は、半円の弦に当たる位置に一棟(北一舎)、半円の中心点から弧に向かって約六〇度ずつの二方向の線分に当たる位置にそれぞれ二棟(北二舎及び北三舎)の計三舎の舎房棟を配置し、一舎、二舎及び三舎がK字型の放射状を成している。北三舎は、右二棟のうち東側の鉄筋コンクリート造り三階建ての舎房棟であり、その内部は中央の廊下を挟んで両側に居房を設けたいわゆる対面舎房の構造となっている。北三舎の一階には独居房が四四房あり、三階は雨漏り等の理由により現在使用されていない。

4  被拘禁者の配房及び転房

被拘禁者の配房は、性別、入所度数、暴力団関係、公安関係、関連被告人の有無等を総合勘案して決定される。初入所者はその性格等が拘置所側に判明しておらず、精神的に不安定であることが予想されることから、監視しやすいように視察孔の大きい新舎に収容されることが多い。また、転房には定期的なものと臨時的なものがあり、前者は自殺防止等のため概ね半年おきに行われ、後者は分散収容の必要が生じ、居房を開ける必要があるような場合に行われるが、転房への決定に際し、刑事裁判における当該被告人の罪状認否の状況等を調査して罪証隠滅及び逃亡のおそれを個別的に判断するわけではない。

5  原告の収容状況

原告は、刑事被告人として東京拘置所に勾留が開始された昭和六〇年二月一八日から、新四舎一階の独居房に拘禁されていたが、平成元年五月九日北三舎一階の独居房に転房になった。以来、北三舎の三九ないし四一の各房の間で概ね半年ごとに転房を繰り返した後、平成五年七月一三日、死刑確定者として新四舎一階の独居房に転房となった。独居房の被拘禁者は、運動、入浴、面会等の場合を除き、常に居房内に独居すべきものとされ(監獄法施行規則二三条)、原告も、本件居房から外に出る機会は、運動(一回約三〇分間、夏は週二回、冬は週三回)、入浴(一回約一五分間、夏は週三回、冬は週二回)、面会等の場合に限定され、文通等によるほかは他の被拘禁者との接触はない。

6  本件居房の状況

本件居房は、別紙図面記載のとおり、北三舎一階の東側に位置し、北方向から順次三九、四〇、四一房と配列されている。本件居房は、各房とも三畳程度の広さを有し、廊下に面する入口側に窓はなく、天井の二〇ワットの蛍光灯は、被拘禁者の起床時から就寝時まで常時点灯している。居房の奥に縦約一五五センチメートル、横約四五センチメートルのほぼ東向きの窓があり、窓は上下二つの部分に分かれ、いずれにも透明のガラスが入り、その部分が約九〇度回転する方法で開閉できる構造になっており、その開閉は被拘禁者の自由な判断に任されている。右窓には、鉄格子の外側に半透明の樹脂製波板を素材とする本件遮へい板が取り付けられているが、これは、昭和四六年三月に東京拘置所が原告肩書住所地において未決拘禁者の収容業務を開始した際、不正連絡等による罪証隠滅等の防止を図るため、帯状に北三舎一階東側の全居房の窓に連続して設置したものである。原告は、本件居房に収容されていた平成三年四月一九日、拘置所長に対し、本件遮へい板の撤去を求める旨の不服申立てを行ったところ、右申立てが機縁となったか否かはさておき、同年八月二日ころ、右遮へい板の上部約四二センチメートル部分が切断され、右切断後の本件遮へい板の上下幅は約一四二センチメートルとなった。また、本件遮へい板は、採光及び通風を配慮して、その最上部は窓枠から約九〇センチメートル、最下部は約七六センチメートル離され傾斜が付けられており、右遮へい板を通して外部を見通すことはできないが、日光を通し、採光がすべて遮断されるわけではない。内部規律により、本件居房内では便器を兼ねたいすに座っているように定められ、立ち上がることは原則として禁じられているため、許された生活状態では、本件遮へい板の上部からは空が、下部からは地面が多少見える程度である。通風は、入口側に開口部がないこともあって、新舎より劣っており、夏の夜などは寝苦しい状況を生じている。

7  本件居房と他の居房との位置関係

本件居房内の洗面台を兼ねた机の上に上がるなどして本件遮へい板の上部から窓外を望見すると、右斜め方向に北一舎一階の北側に位置する二房及び三房(いずれも雑居房)を、ほぼ正面に北舎専用の本件運動場をそれぞれ見通すことができ、本件遮へい板がなければ座っていても右同様の見通しが可能である。本件運動場の西側は金網で囲まれているのみで、四〇房から本件運動場までの距離は約二二メートル、北一舎の二階までの距離は約一六メートルであり、本件遮へい板がなければ、北一舎の二房及び三房並びに本件運動場にいる被拘禁者との間で面通しが可能となる。本件運動場では、北一舎の雑居房に収容されている者が約二〇名で運動し、この間、一、二名の刑務官が監視台から本件運動場の方向を向いて監視している。他方、北三舎一階では、一、二名の刑務官が一五分に一回の巡回方式で監視している。

二  争点1(本件遮へい板の設置に関する被告の責任)について

1  国家賠償法一条一項の責任について

原告は、本件遮へい板の設置自体が拘置所長の公権力の行使に当たる行為である旨主張する。しかしながら、拘置所は被告の事務に関する国有財産としての行政財産であり(国有財産法三条二項一号)、犯罪人に対する勾留の執行その他矯正に関する事項は法務省の所掌事務とされている(法務省設置法三条一六号)から、行政財産である営造物としての拘置所の管理機関は法務大臣であり(国有財産法五条)、拘置所の長がその事務を分掌しているものである(同法九条一項、法務省所管国有財産事務取扱規定三条)。したがって、東京拘置所の本件居房に本件遮へい板を設置する行為は、拘置所長が事務を分掌する被告の営造物の設置・管理作用にほかならず、拘置所長の原告に対して向けられた公権力の行使に当たる行為ということはできないから、原告の右主張は採用の限りではない。

2  国家賠償法二条一項の責任について

(一) 東京拘置所は主に刑事被告人を勾留する刑事施設として公の営造物であり、本件居房に本件遮へい板を設置する行為が被告人の営造物の設置・管理作用であることは、前示のとおりである。ところで、国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営造物が通常有すべき安全性を欠いている状態を指し、危険責任の法理に基づき、営造物の設置又は管理の瑕疵により他人に与えた損害につき国又は公共団体に無過失の賠償責任を負わせている右規定の法意からすれば、そこにいう安全性の欠如とは、当該営造物を構成する物的施設自体に存する物理的、外形的な欠陥ないし不備によって他人に危害を生じさせる危険性がある場合のみならず、その営造物が供用目的に沿って利用されることとの関連において危害を生じさせる危険性がある場合をも含むが、当該営造物の供用目的・性格等によっては、他人の肉体的・精神的健康その他の人格的利益の保持にいわれなく危害を生じさせる危険性がある場合も含むものというべきである。拘置所に拘禁された刑事被告人は、当該拘禁関係に伴う必要かつ合理的な制約を受けることはやむを得ないことであるが、有罪とされるまでは無罪と推定される権利を有し(憲法三一条、刑事訴訟法三三六条、人権規約一四条二項)、右制約の範囲外においては、原則として一般市民としての権利を保障され、人道的に、かつ、人間の固有の尊厳を尊重して処遇されることが望ましく(人権規約一〇条一項、二項、処遇最低基準規則八四条二項)、勾留の目的は苦痛を課すことにあるのではないから、刑事被告人が拘禁された居房について、必要かつ合理的な限度を超えて被拘禁者にいわれなく前示危害を生じさせる危険性があるような場合には、営造物の設置又は管理の瑕疵に当たるものといわなければならない。

(二) 被拘禁者の処遇に関する国際的基準によれば、被拘禁者の使用に供する設備は、すべて健康保持に必要な条件を満たしていなければならず、照明、換気等について適切な考慮が払われることを要し(処遇最低基準規則一〇条)、被拘禁者が起居又は作業しなければならない場所すべてにおいて、窓は、被拘禁者が自然光線で物を読み、又は作業できる大きさがあり、かつ、人工換気装置の有無にかかわらず、新鮮な空気を取り入れられるように造られていなければならないものとされている(同規則一一条(A))。しかるに、原告が四年二か月余にわたり拘禁されていた本件居房の窓の外側には本件遮へい板が設置されているため、原告は、その間、居房内の日照、採光、通風及び眺望に一定の制限を受けたことは前記認定のとおりである。また、新舎の居房の窓の外側には遮へい板が設置されていないことに照らしても、一般的には、拘置所の居房の窓に遮へい板を設置しないことが国際的基準により合致するものということができる。しかしながら、本件居房の窓から望見すると向かって右斜め方向には北一舎一階の二房及び三房(いずれも雑居房)が、ほぼ正面には北舎専用の本件運動場が間近に位置しており、本件遮へい板がなければ、本件居房内の被拘禁者から容易に見通すことができ、北一舎の被拘禁者との間で面通しが可能となることは前記認定のとおりであるから、この間において不正連絡の可能性が生ずることは否定することができず、この点において、並列に配置され、内部もいわゆる片面舎房の構造となっていて他の被拘禁者との面通しの可能性が極めて低い新舎とは事情が異なることは明らかである。原告は、居房の窓を介した声掛け又はジェスチュアによる不正連絡は監視体制などからして不可能であり、北一舎の居房は死角になっている旨主張し、その本人尋問の結果中でも同旨の供述をしているが、前記認定事実に照らし、右供述は採用することができず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。そして、東京拘置所の居房の数・配置・構造、収容状況等に照らすと、本件居房を含む北三舎の使用は不可避であり、また、物理的に不正連絡が可能な事態を放置すれば、規律秩序の維持は困難となり、ひいて罪証隠滅又は逃亡の防止という未決拘禁者の拘禁目的の達成に支障を来すものというべきである。他方、本件遮へい板は窓から離し傾斜を付けて取り付けられ、光を通しやすい素材を用いるなど、採光及び通風には、それなりの配慮をして設置されていること、起床時から就寝時まで照明が点灯していることは前記認定のとおりである。そうしてみると、本件遮へい板は、本件居房に刑事被告人を拘禁するに当たり、勾留の目的を達成するために必要かつ合理的な設備というべきであって、原告が本件居房に拘禁中、本件遮へい板の上部が一部切断されたことも右認定判断を左右するものではなく、本件遮へい板の設置につき、他に被拘禁者の肉体的・精神的健康その他人格的利益の保持にいわれなく危害を生じさせる危険性があることを認めるに足りる証拠はないから、その違法性を肯定することはできない。したがって、原告主張の代替手段の有無について論ずるまでもなく、本件遮へい板に営造物の設置又は管理の瑕疵があるということはできない。

三  争点2(本件遮へい板の使用継続に関する被告の責任)について

争点1について説示したとおり、本件遮へい板の設置に違法性が認められないものである以上、右遮へい板の使用継続に違法性を肯定することはできないから、これにつき原告主張のように国家賠償法一条一項ないし同法二条一項の責任を問う余地はない。

四  争点3(本件居房への転房及び拘禁継続に関する被告の責任)について

1  国家賠償法一条一項の責任について

原告は、刑事被告人として、昭和六〇年二月一八日から平成元年五月八日までの間、新舎の独居房に拘禁されていたが、同月九日、北三舎一階の本件居房に転房となり、平成五年七月一三日まで同所で拘禁を継続されたことは、前示のとおりである。そして、本件居房は、本件遮へい板が存在することにより、日照、採光、通風及び眺望が一定の制限を受けていることは前記認定のとおりであり、原告が本件居房への転房及びその拘禁継続により、遮へい板の設置されていない新舎に拘禁されていた当時に比して不快感を覚えたことはその本人尋問の結果によって肯認するに足りる。しかしながら、刑事被告人は、罪証隠滅又は逃亡の防止を目的として拘置所に勾留され(刑事訴訟法六〇条一項、同法七三条二項、監獄法一条一項四号)、その目的のために必要かつ合理的な範囲において、身体的行動の自由及びそれ以外の行為の自由に一定の制限が加えられることはやむを得ないところである。そして、被拘禁者の拘禁方法及び拘禁居房の決定は、拘置所長において、監獄法その他の法令の定めるところに従い、その者の所内における行状、性格、居房の数、保安の状況、収容状況等を総合的に勘案してこれを定めるべきものであって、その決定は専ら拘置所長の裁量に委ねられているところである(刑務所、少年刑務所及び拘置所組織規程一条、二条)。また、拘置所は日々変動することが避けられない多数の被拘禁者を外部から隔離して拘禁し、これらの者を集団として管理する施設であって、一定の人的組織及び物的設備の下で、右集団の変動に的確に対応しつつ、内部における規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持する必要があるから、いったん拘禁方法を決定し、居房を指定した被拘禁者について、配房上の理由から、後にこれを変更することも拘置所長の裁量権の範囲内の行為として当然に許容されているというべきである。原告は、第一審から一貫して起訴事実を認めており罪証隠滅及び逃亡のおそれはない旨主張するが、東京拘置所においては、転房の決定に際し、刑事裁判における当該被告人の罪状認否の状況等を調査して罪証隠滅又は逃亡のおそれを個別的に判断するわけではないことは前記認定のとおりであり、証拠(乙一、証人水上要)によれば、原告についてされた前記転房の措置は前述のような配房上の理由に出たものであることが認められる。他方、本件居房における本件遮へい板が必要かつ合理的な設備であることは前示のとおりであるから、以上の諸事情に原告が制限を受けた人格的利益の内容及び程度等を総合考慮すると、原告を本件居房に転房させ拘禁を継続した拘置所長の判断に裁量権の逸脱又は濫用の違法があるということはできない。

2  国家賠償法二条一項の責任について

拘置所長が原告を本件居房に転房させ拘禁を継続した行為は、被告の公の営造物の設置・管理作用ではないから、これについて国家賠償法二条一項を適用する余地はない。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 吉田健司 裁判官 鈴木順子)

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